2020年06月22日

鍼灸師の一番大事なもの その2 治療家の気について



中国人が森羅万象何が起こっても、気で説明したので治療家の使う気について、分からなくなってしまったのでしょうか?

先生に治療してもらった時は効いたのだが、従業員の先生に治療してもらったが良くなかった。

こんな言葉を聞いたことありませんか?

従業員が学校出たてならいざ知らず、何年か勤めていたなら先生と違うツボ手順と言うことはないはずです。

通常は従業員の研修があるはずなので、その治療院の方式を行うはずなのです。

では何が患者さんにこのような言葉を言わせるのでしょうか?

答えは「気」です。

1年生の時にある先生が仰いました。「肩が凝っててね。生徒が揉んであげましょうと言って、肩をもんでくれたんだ。学校を後にして、新宿駅までススキを分けながら進んでいくと、急に肩がストンと落ちて肩こりが消えたんだ。ああこれが気なのかと分かった」

おそらく昭和45年くらいのことだと思います。

鍼灸学校も生徒が集まらず冬の時代の頃でした。

しかし資格を持っているかどうか、厳しく取り締まられ始めた頃でした。

生徒も実際に仕事をしているベテランも多くいたそうです。

あんまの先生は家にいるとベテランの従業員が、資格を取りに夜は生徒になっているのでやりにくかったと仰っていました。

定員に満たないクラスもあり、先生たちは卒業生の伝手を頼って生徒集めをした時代だったそうです。

やがて始まる新学校制度に備えまた様々な民間療法を整備するために、新たな世界の前夜と言った状況だったのでしょう。

さてその生徒がどのようにして「気」を身に着けたか分かりませんが、治療家が持つべき気を備えていたことは確かです。

一番確実にこの気を得るのは、「弟子入り」によって気を譲ってもらうことです。これは以前にも書きましたが、また次回以降に書きましょう。

柳谷素霊師が無くなった後に、様々な方が寄稿され編まれた本があります。

その中で戦後医者も少なかったのでなんでも患者を診た方がいました。

ある日警察官が訪ねてきた。

どうも赤痢の患者を治療したことが伝わったらしい。

勿論伝染病を鍼灸師が治療するのは禁止ですが、終戦直後はそのようなこともあったという事です。

多くの患者を必死に治療していたらこの気が備わったと思える方もいたのです。

中国人の気功師がバタバタと人を倒したり、気で飛ばしたりするDVDがあるようですが、その気功師から習っても治療に生かせるかどうか疑問です。

いろいろな本を読むと今から見るとかなり眉唾なものもありました。

大木に向かって気を送りその気を大木の木の根から、地面を伝わって自分に戻ってくるイメージをし、呼吸法をする。

太極拳が気功だとも言われていました。今は単なる体操とされているようですが。

気の基本は呼吸法だと言われます。それも腹式呼吸です。

ヨーガ 座禅 気功 これはみな腹式呼吸です。

中にはこれを行っているうちにオーラが見えるようになる人もいるそうです。

しかしヨーガの行者が治療家になれるかと言えば、そのようなことは聞いたことがありません。

気功師が鍼師のように治せるかと言えば、必ずしもそうではありません。

お坊さんは昔から医療に携わっていました。

ただし座禅、禅宗のお坊さんのみが医療を担っていたかは分かりません。

日本では古武道と言われる武道は、かなり気の武道と言えるのではないでしょうか。

合気道はそれまであった武道を植芝盛平さんが、まとめて創出したものと言われています。

八光流も古武道の流れをくむものであり、図書館に行けば古武道辞典にその系図が載っています。

日本には気を自然と学べる源流とでも呼べるものがあるのでしょう。

明治から昭和にかけ現れた「霊気・レイキ・直伝霊気」と呼ばれる療法があります。

気の治療ですがこれを即鍼灸の治療に生かせる気として良いのかは、私のレベルでは判断できません。

気について書いても説明しても、分からない場合は分からないのです。

だから治せる治療家は少ないし、腰痛肩こり治療の鍼治療から抜け出せないのです。

しかし困ったことにこの気を自在に操っている治療家から、どのようにして譲り受けることが出来るかが分からないのです。

そこが難しいところです。

弟子入りがかなっても先生の持つ気をどのようにして譲ってもらえるのか?また譲り渡せるのか?誰も公式は知りません。

なぜか2年間の弟子入り修行が無事終了すると、気を譲られていて治せる治療家になっていることが実感できるのです。

気の本質とは何なんでしょうね。

譲られるとは何なんだろう?

ただこれは答えがあります。

それは先生の持つバイブレーションと自分が共鳴することです。

共鳴するには師を尊敬していなければならないし、そばにいなければなりません。

それが弟子入りが治せる鍼灸師、達人になる最短経路と今も言われる根本原理なのでしょう。

次回はツボについて書いてみましょう。


ホームページはこちらから「手のひら先生のリウマチ相談室」



以下の図書は「手のひら先生スタイルの高麗手指鍼療法」がどのようにして生まれたのかを書いたものです。
他の鍼灸書のようにこのツボを使えば治るというような本ではありません。手のひらのツボのことや治療法については
「高麗手指鍼講座」柳泰佑著 たにぐち書店 刊 日本語訳がありますのでご覧ください。鍼灸は見たり読んだりしても身につくものではありません。
手のひら先生の高麗手指鍼療法 - 和正, 長谷川
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2020年06月18日

鍼灸師の一番大事なもの その1 気について



昨日ネットニュースを見ていたら、山口百恵さんに関する記事が載っていました。

ヒット曲の歌詞に書いてあったことは「あれだったんだ!」という事でした。

山口百恵さんが21歳で人気絶頂の時に突然引退したことが世間に衝撃を与えたのでした。

「ひと夏の経験」と言う歌でした。

「あなたに女の子の一番大切な〜ものをあげるわ♪」

もう30年以上前のことですから、「女の子の一番大切なものは、あれかな〜とは思っていても言葉に出せない時代でした」

そんなことが思い出され、では鍼灸師にとって一番大切なことは?と考えた時、「あれですね」と答えられる人はどれくらいいらっしゃるでしょうか?

私の著書にはどのような治療家ならこのことが理解できるか書いたつもりです。

考え方の下敷きは、明治大学中村雄二郎教授の「共通感覚論」です。

共通感覚を養うのは簡単であり、一方で習得は難しいことになります。

「気 治療家が持つ気の力を理解し実際コントロールできている方は何名いらっしゃるでしょうか?」

特に初心者になると、気は目に見えないし感じることも難しいというわけです。

しかしそれが学んだり習得出来ないかと言うと、治療家にとっては「王道」というものはあります。

中にはそれ以外の道もあるわけで、ただその方法で誰でも気を治療に使えるわけではありません。

東洋医学の源典「黄帝内経素問霊枢経十八巻」で語られていることは、気についてのことなのです。

ですから気が最重要であることは疑いがないのです。

では気とは何か?と言うと、中国では森羅万象すべてを気で説明しているので、鍼灸治療にヒントを求めても訳が分からなくなるのです。

一般の方はもっとわからないでしょう。

鍼をツボと言う肌のポイントに刺せば痛みが治まりぐらいの理解だと思います。

でもそれでは腰痛肩こりなどの鎮痛や、スポーツ障害の後のリハビリをスムーズにする、多くはこのような目的で患者さんの多くは鍼灸師に来られるはずです。

しかし手のひら先生の高麗手指鍼療法では、免疫疾患 脳の疾患 内臓疾患まで今まで考えられなかった領域まで治療対象にしています。

今まで考えられなかったツボの発見もあるのですが、始まりは「気」を習ったことから始まりました。

母校は東洋鍼灸専門学校で初めての国家試験を受ける第1期生でした。

新学習制度で始まった鍼灸学校ですが先生たちは旧制度のままで、それが何も予備知識のない私にとっては何よりも幸いでした。

そして2年生になってから私の鍼灸師として決定的な言葉が発せられました。

あんまの先生がこう仰ったのです「お前らあんまも鍼も同じことをして治しているんだ!気で治しているんだぞ」

一般の方は理解できないでしょう。

私も当時感じたのは「また新入生が先生に向かって何か言ったんだな?訳の分からないやつが入って来て、日本一の按摩の先生に向かい、あんまを馬鹿にしたのだと思います。

おそらくこんなことを言ったのでしょう。「鍼をしたいので、あんまや灸 マッサージのような簡単な疲れることはやりたくない」

間違った推測ではないと思います。

何も知らないで入学した私でも、2年生の頃には同級生や下級生がどのような思いで入学して来たかを知ることになりました。

一番やりたいのは鍼でこれが最上位 二番目がお灸 その次は按摩マッサージ指圧です。

確かに鍼治療は3年間の授業では治せるまでなりません。難しさがあります。

手技はうまい下手があったとしても、一定の技術があれば初心者でも何とか満足してもらえるかもしれません。

しかし昔から言い伝えられている言葉ですが「開業するにはいい先生を見つけて、弟子入りして10年はかかる」「その確率はクラス30人に一人しかいない」

鍼の技術を学ぶ10年間は按摩やマッサージ指圧で生活費を稼がないとなりません。

もしかするとそちらの方が自分にあているかもしれません。

治せる治療家の気を身に着けることが出来なければ、開業は難しいかもしれません。

気を身に着けるなんて教科書には書いてありません。

「第一気って何だ?」と言うのが私の感想でした。

私が幸運だったのは、その頃気功のブームだったのです。

神田の本や、特に中国関係専門店を探して気功に関するものを購入しました。

日本人の書いた気の修行も手に入れました。

後でテレビに出て病気が治る気功で大儲けして裁判を起こされた中国人も載っていました。

何か月か後に「月刊ムー」と言う雑誌に載った気功教室に行くことになったのです。

ほんの5年前に知ったのですが、それが鳥居隆篤先生で漫画「北斗の拳」の主人公、ケンシローのモデルだったことを知りました。

いろいろ学びましたが、最初は呼吸法でした。

これが私の治療家の気を養う基になったのです。

先生は武道家ですが私の母校の卒業生でもありました。

また先生が修行していた、埼玉県に本部がある「八光流」は指圧などが学べるコースがあります。

先生は当時八光流の四天王のお一人と呼ばれていたそうです。

一見武道の気を学ぶようですが、実はこのような背景があったのが私の気の礎を作ったのだと感謝しております。

3年生になると臨床と言う生徒を患者に見立てて、先生が実技を見せてくれる授業が始まりました。

ふと考えが浮かびました「そうだオーラが見えるようになったのだから、先生が手元で何をしているのか見てやろうと思いました」

「ガーン!」驚きの光景が目の前に繰り広げられたのです。

生徒に鍼を打っている右手から、押し寄せる波のごとく気が次々と生徒の身体に繰り出していました。

これが鍼灸師の気だと分かりました。

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手のひら先生の高麗手指鍼療法 - 和正, 長谷川
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2020年06月17日

アキバ原の思い出 その5 真空管アンプの魅力



もう少し真空管について書きましょう。

真空管はエジソンが原理を考え、フレミングが作り出したそうです。

もう100年以上前の技術の方が、オーディオの世界ではまだ厳然として地位を占めているのは不思議です。

それはオーディオが趣味の世界にあるからでしょう。

トランジスタになり半導体が進歩して、より原音に忠実な音が再生されたとしても、真空管が醸し出すあの柔らかく温かい音には魅かれてしまいます。

オーディオのモテギの茂木邦宏さんは、アキバハラ一筋動画では40年以上と言っていますが、真空管アンプなどアナログ製品販売に携わってきました。

オーディオは趣味の世界です。

どのような装置で聞いても良いし、どのような音楽を楽しんでも良いのです。

レコードのスクラッチ音が聞こえるフルトベングラーのベートーベンの方が、きれいに聞こえるCDから流れる曲の方が好まれる方もいるでしょう。

小さな部屋で聞いても満足していればそれでよいし、部屋をオーディオ用に改造して聞いてもそれはそれで良いのです。

あくまでも個人の嗜好趣味の世界になるからです。

ある患者さんが言いました「ある社長の家に行くとすごい高価な装置がある。一千万ぐらいお金を掛けたといつも自慢しているけど、一度も音楽を聞かせてもらったことがない。」

この人の装置は一千万掛けたんだけれど、聞くのは何々という演歌歌手だけ。と言う方もいました。

いいんです。趣味の世界なので、自分さえよければそれでいいのです。

いい装置を買ったらみんなクラシックを聴かなければならないと考えていませんか。

日本人の悪い癖ですよ!

高価な装置の良いところは、コンサート会場の臨場感が限りなく味わえることでしょう。

歌手の位置 金管楽器が右にあるか左にあるか 弦楽器はどこに配置されているか。

やはり高いものになると解像度は格段に上がります。

それも楽しいことかもしれません。

バイオリンをはじめとする弦楽器の音を追及して、次々装置を買い換える方もいます。

オーディオに嵌まると際限がなくなります。

ユーチューブで茂木さんがアナログオーディオの基礎を教えてくれています。

そして真空管アンプのメリットも説明してくれています。

団塊の世代にブームとなって彼らが老後の楽しみとするのが、真空管アンプではないでしょうか。

実は卒業して久しぶりにアキバハラに行くと、もうキムラムセンは無くなっていました。

茂木さんもどこか行かれて会うことが出来なくなりました。

ところがそれから30年、私も公務員を辞め鍼灸師になって少し仕事が落ち着いた時、アキバにふらりと行きました。

次の予定の間暇つぶしと、ラジオ会館今のYAMADA電気のビルにあった、サトームセンのオーディオフロアによりました。

そのビルも変わり始めていた時で、フロアには漫画書店が出店し始めていました。そこここにオタクと言われ始めた若者がたむろしていました。

ふと耳を澄ますとその店員さんの声に聞き覚えがありました。それが30年ぶりにお会いした茂木さんでした。

そこからは変化が激しかったですね。サトームセンが家電のマツヤとファンドに買われて、さらにYAMADA電気に吸収されたのは3、4年ごだったのではなかったでしょうか。

茂木さんも「サトームセンが無くなっちゃうかもしれない」と言われてすぐ、連絡が付かなくなりました。

それから半年弱突然電話を頂き「今度お店を出すことにしました」と言われて、驚きました。

後で経過を聞くと、私のホームページに「アキバハラの茂木さん」と言うページがありました。

貿易会社の社長に相談すると「秋葉原の茂木さん」と言うページがあるんだから、帰っておいでよと言うことで出店したそうでした。

一度サトームセンが買収され茂木さんもYAMADAの社員になったのですが、どうにも洗濯機冷蔵庫を売る気にはなれなかったそうで、神経的に参った時期があったという事です。

茂木さんがサトームセン時代に話されていたのですが、「真空管は今はほとんどが中国製です。しかし20本仕入れても、テストすると使えるのは3本ぐらいの確率だ」そうです。

なおかつ中国の会社でも真空管を作る会社は少なく、作ると日本人がさきを争って注文するので価格が跳ね上がってしまうそうです。

一定の本数を作ると会社を休業にして社長は旅行に行ってしまうらしいです。

製品管理、市場操作をしているのです。

かてて加えて日本人が予備として買うものの合わさり、8000円の真空管が2万円にもなって市場に出回ることになるそうです。

これからアナログ・真空管オーディオの世界に踏み込もうとする方には、是非茂木さんの動画をご試聴になることをお勧めいたします。

それから何をどのように聞きたいのか目的をはっきりすれば、これからそろえる装置なども決まってくるでしょう。

そしてアキバのお店めぐりで思わない掘り出しに出会えるかもしれません。

確かに真空管アンプ ターンテーブル スピーカーを一度に揃えるとなると若者では手を出せないかも知れません。

そこでお勧めは、計画を立てて一つづつ揃える楽しみを提案しましょう。

オーディオライフを楽しまれることを期待します。

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2020年06月16日

アキバ原の思い出 その4 真空管アンプの魅力

真空管アンプの魅力は「聞けばわかる」、なんだか高田純次さんのキャッチみたいですが1度でも聞けば良さが分かります。

50年前のアキバのオーディオ店舗では、ちょうどトランジスタアンプの性能が上がってきて、中位のクラスの製品は外国製品とそん色ないレベルに届いたころではなかったでしょうか。

アルバイトも1日ごとに知識を積み上げて、オーディオ雑誌からいっぱしの話をするようになっていきました。

すると部長さんが私の話を聞いていたのか「長谷川君、オーディオの評価雑誌を読むときは、評論家のバックを知らないとだめだよ。ある評論家はこのメーカーから製品提供を受けているし、ある評論家はまた別のメーカーと言うように」

アドバイスに従って新製品の評価を読みました。

するとある人はそのメーカーの新製品を褒めるけれど、決して他社の製品の悪口は言わない。決定的な欠点があれば指摘し、それ以外は口を出さないことが分かりました。

確かに評論家とはいえそう所得が高いわけでもないのに、自宅には高級オーディオが揃った写真が載っていました。

今まで学生だったのでそのような観点から本を読んだことはなかったので、目の上からうろこが落ちていくようでした。

アルバイト代はももちろんですが、このような体験が貴重なものでした。

でもそこからはなんでも裏を考えて見るようになり、少々ひねくれたかも?

学生アルバイトでアキバの魅力にはまり、卒業後就職したという方が何人もいました。

学生が集まってトラックに洗濯機などを仕入れ、次々と完成し始めた千葉の団地に売りに行ったそうです。

「儲かったなあ!何せ5割引きで仕入れて売りに行くのだが、アキバの価格で売るもんだから飛ぶように儲かった」いい時代だったそうです。

そこで卒業後もアキバハラに就職したそうです。

何しろ聞く話聞く話、新鮮でためになりました。

店員さんもメーカーから販売状況を調べに来た人も、こちらが学生なので自分の学生時代にノスタルジーを感じるのか、いろいろ教えてくれました。

私にとってはすべて金言でした。

アンプはトリオ 山水 パイオニアに人気がありました。sony technics 遅れてTOSIBA が追随していましたが、現場ではsony TOSHIBA の評判はいまいちでした。

クラシックファンにはトリオ 華やかな音で歌謡曲などは山水 オールラウンドに聞く人ならパイオニアを勧めていました。簡単でした。

コンポーネントブームの走りで、お客さんもまだ初心者だったので、こんなアドバイスでも良かったのです。

勿論マニアの応対はベテラン店員が登場したのですが。

ある時スピーカーメーカーの社員の方と一緒に帰りました。

30代ぐらいの方でした。「あのスピーカーは全社力を込めて作った。良いものが出来たのでこれはいろいろな方に聞いてほしい、それで破格に安い値段を付けたんだ。しかし売れない!会議を重ねて結論を出したんだが、それがもっと高い価格にしてやれ、というものだったそうです。」

高音から低音まで1本でカバーするフルレンジのスピーカーでした。しかし売れなかったそうです。

「そこで1本8000円にしたそうです。」ケースやその他のものを入れれば2万円ぐらいになり、2本で4万円にもなるはずで高価になります。

初任給の値段でした。

「高くしたんだけれどこれが売れ始めたんだね、不思議なもんだよ。」と話してくれました。

商学部だったので教授からも同じ類の話を聞いたことがありましたが、実社会で聞くとまた感じ方が違いました。

アンプは外国製品に追いつき始めましたが、スピーカーはまだまだでしたのでマニアと言えども価格が基準になっていた時代でした。

実社会はちょっとしたアイデアで、がらりと状況が変わることを体験しました。

もう閉店したオーディオのモテギですが、ドイツで粗大ごみに出てきたスピーカーを加工して販売していましたが、これが今の者に比べてもそん色ないものでした。

スピーカーの構造は磁石と紙でできたもので、その仕組みは100年も変わっていません。

かの国でゴミ同然の物が高級スピーカーに変わっていたのは驚きでした。しかも格安!

真空管アンプやアナログオーディオの復活が最近ニュースで流れますが、デジタル機器と比べれば若者が気軽に手を出せる価格ではありません。

自宅に視聴部屋を持たなければならない大きさですし、一揃い20万円ぐらいは必要になるでしょうか?

若い人には簡単に手を出せる金額ではないでしょう。

それと一旦手を出すと際限なくグレードを上げたくなるのです。

音楽が好きでオーディオを求める人と、オーディオが先に好きで、音楽は付録のような方に分かれます。

音楽が好きなら小型ラジオでもクラシック音楽が聞こえれば楽しくなります。

勿論いい装置で良い音ならそれはそれで楽しいですが、好きな曲なら好きな指揮者演奏者が演奏する、ラジオから聞こえてくる音で演奏会場の生の音を創造する楽しみがあります。

機械が好きな方は、このスピーカーのこのホーンの音が好きだ、真空管の柔らかい音が好きだという人も多いと思います。

アナログオーディオの世界は、無限に組み合わせることが出来、自分の好きな音を作り出すことが出来ます。

もうあなただけの世界を作ればよいのです。

もう閉店してしまいましたが、アキバのオーディオのモテギはオーディオ初心者にとっては、気楽に相談できる数少ないお店でした。

しかし何本か動画を上げています。

その中で長年培った経験と知識でオーディオの基礎から説明されています。

アナログ・オーディオの世界に入る参考にしていただければと思います。

あくまでもあなた独自の趣味の世界が、この世界になります。

大いに楽しんでください。

なおオーディオのモテギは、埼玉県の自宅で修理を中心に仕事を継続しています。

お問い合わせなどはそちらにお願いいたします。

アキバの思い出は今回で終了です。

次回からは本職の鍼灸治療について書きましょう。

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2020年06月15日

アキバ原の思い出 その3 秋葉原駅と御徒町の間



もう20年弱前のことだったので大きく変わっているのかもしれません。

秋葉原駅から御徒町に向かって、山手線の西側の道路を行きます。

外神田と町名になっていますが、ちょうど真ん中あたりを山手線に向かうと、問屋街がありました。

小売りはしない問屋街でしたが、中に小売りもしてくれるところがありました。

「サンヨーの掃除機ない?」「サンヨー?ないなあ!うちに来るお客さんは、三菱 日立 松下しか買いに来ないんだよ!」

驚いてしまいました。

駅前の大きなビルの電気店では各メーカーの商品が陳列されていました。

しかしこのようなことを聞くと、実際は売れる商品、売れるメーカーしか扱っていないことを知りました。

三洋電気は今は外資に買われてしまいましたが、当時吸引力が最高に強い高性能を誇っていましたが、アキバ原では一流とはされていなかったのです。

ワープロは東芝が最初に開発したはずでしたが、かなりの店を回ったのですがどこにもありませんでした。

それと分かったのが、シャープ製品は関西では一流扱いだという事でしたが、アキバになると3流扱いになってしまうという事でした。

シャープはその後液晶テレビやパソコンなどで評価を上げました。

ただ家電になるとまだ評価は低いかもしれません。

もう何十年も行っていないのでグーグルマップで確認しているのですが、問屋街の会社名が見当たりません。

家電問屋ではやっていけない時代なのでしょうか?

その中に面白いお店がありました。いわゆるバッタやとも呼ばれるお店です。

大量の商品例えば倒産した会社や、大量仕入れの品を売値の10分の1で仕入れる店がありました。

何十年も前に価格破壊のチェーン店の社長が、「仕入れに行ってくる」と言ってこの店に来たところをテレビ番組で紹介していました。

今はドン・キホーテなど価格を競う店が郊外に出店しているので、もう無くなってしまったのでしょうか。

しかし私はこのような店が好きでしたね。

「〜〜のポットない?」

「〜〜はないねえ。・・なら有るよ。」

「そうなんだ」と躊躇していると、間髪を入れず「お客さん、5割引きだよ。5割引き!こういうところに来たらこういう安いの買わなきゃ!」

こういうやり取りに私は弱いのです。購入してしまいました。

使ってみれば有名メーカー品であり、単なる湯沸かし器なので何の問題はありませんでした。

このようなやり取りは今もありますか?

ないでしょうねえ。

「掃除機ですか?買いましたよ、当時の最高吸引力の三洋製品でした」

問屋と山手線の間の道を歩いていると、事務所のような小さな店がありました。電話1本机一つの店です。

なぜ店と思ったのか今でも思い出せませんが、そのような店が当時はあったのでしょう。

扉を開けると年配の方がお一人いて、「三洋の掃除機ありますか」と聞くと、すぐ電話を始めました。

「社長三洋の呼応いう掃除機ありますか?あります?」受話器を置いて「3割引きだけどいいかな?」「お願いします」

と無事交渉成立しました。時間がなかったので先にお金を払い、送ってもらうことにして店を後にしました。

ご主人はしきりに「郵送料掛かるけれど大丈夫」と何度も聞いてくれました。

なるべく安い商品を買いに来るのがアキバハラのお客なので、心配してくれていたのでしょう。

そのような店は今でもあるのでしょうか?ないでしょうね?

ところで店は3割引いて儲かるわけです。2割の儲けとします。では電話の仕入れ先は5割で卸して儲かるという事は、仕入れ値はいくらだったんでしょうか?面白いですね。

いまはネットの時代ではわざわざ足を運ばなくても購入でき、値段も比較できる時代では売り方も変わってしまったのでしょう。

治療用の道具を作るのに

半導体が必要でした。

アキバハラ駅のガードしたの小さい店に行ってももう扱っていませんでした。

そこでネットで検索しました。

小柳出電気商会が出ていました。

エッ!読めません?

私も前は読めませんでした。これは「オヤイデ」と読みます。

社長さんがアキバのお店の紹介をブログにしていたようです。

総武線のガード下のお店にはコードの種類が豊富で買いに行きました。

店の前はラジオセンタービルでここは今も古きアキバのにおいが残っているところです。

アキバの町にある大きなビルは同じようでも、中身が変わっています。

昔の名前は変わらずとも大手の家電量販店の傘下にほとんどが入っていると言われています。

秋葉原の町は昔ラジオ小僧があこがれた街ではなくなっています。

ただ駅前の新しくたったビルでは、国の方針でネットやアニメの関係が集中するともいわれていました。

その前にAKBの劇場が出来たそうで、未だにどこにあるのかも知らないですが、半世紀前のおじさんお爺さんの町でなくなったことは確かです。

韓国にも似たような街があり、案内されましたが規模が違いました。

ただ韓国の方が国策としてコンユーター技術者を育ててきたので、当時14、15年前は彼らの方が馴染んでいると感じました。

友人の会社で使うパソコンは選任の社員が自作をしていました。

留学生を斡旋する会社を経営していたので、韓国人学生が日本にあこがれるサイト作りをしているので驚きました。

ビル一棟が小さなベンチャー企業へ貸しオフィスになっており、彼の会社の社員はその中の会社から一角を間借りしていました。

さて以前NHK番組「ブラタモリ」でアキバハラを取り上げた時、アキバは明治時代は水路がめぐらされ東北地方から、米や炭の燃料などが船で送られてて来ていたそうです。

戦後米軍のごみ溜めから真空管を拾い集め販売したというのは有名な話です。

秋葉原はそれ以来次々と中身の衣替えをしてきました。

我々鍼灸師の治療では基本は鍼で治すことですが、間中喜雄博士が主催した「新灸トポロジー学会」の先生方が考案した、いくつかの道具はハイテクの機械にも勝るものです。

この時代になってもまだ糖尿病の壊疽を患い、脚を切り落とさざるを得ないなどと聞くと慚愧に耐えません。

ニューヨーク在住の松本岐子師が考案した、間中先生発明のイオンパンピングコードと、河合先生考案のパチパチ治療、長野潔先生の糖尿病治療から、重篤でも壊疽は10回で回復すると言われています。

どのように高価な機械より、簡単な道具を駆使した方が我々の治療を引き出すことが出来るのです。

そのヒントを与えてくれるであろう、アキバハラのような街が消えていかないように願うのです。

半導体1個10円です。

それを売って生活できるの?と思いませんか?

患者さんに聞いた話ですが、半導体は1個2個で仕入れるのではなく、キロいくらで仕入れてくるのですよ!と患者さんが教えてくれました。

そうなのか!


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2020年06月14日

アキバ原の思い出 その2 コンポーネントステレオブーム



昨日書いた後思い出が次々と湧いてきたので、本日も書き加えます。

結局コンポーネントステレオの時代はあっという間に終焉を迎えました。(コンポーネントステレオとは、アンプ・レコードプレーヤー・レコードプレーヤー・スピーカーなどを好みで組み合わせます)

秋葉原の家電の流行はその時代激しく変化していました。

キムラムセンという会社もその前はテレビを売っていて、次は何を売ればよいかとなってオーディオの時代と、先代が目を付けたそうです。

就職し暮れのボーナス全額をを握りしめて、ステレオ一式揃えたのがアルバイトから3年目でした。

ハイファイと言うのがコンセプトだったようで、原音をいかに忠実に再生するかがメーカーのテーマでした。

音符も読めない者がいきなり装置だけは揃えてしまったのは、音楽にコンプレックスを抱えていたためいきなりクラッシック音楽の世界に突き進むことになりました。

テクニクスのダイレクトモーターのターンテーブル、音響製のスピーカー、テクニクスのプリメインアンプを揃えました。

いまから考えても身分不相応の出費でした。

それだけアキバのオーディオの魅力にはまってしまったのでした。

ちなみに就職試験も1社オーディオ関係を受けました。

ブームで会社も日の出の勢いでしたので、競争率は20倍以上だったらしいです。

就職しないと断りに行ったとき嫌味がてら言われました。

途中内定者全員1か月のアルバイト研修がありました。

そこには早稲田理工学部、日大理工学部等々、音の魅力に魅せられた優秀な面々がいました。

マニアには有名でもまだ発展途上の会社でしたので、教授に推薦状を貰いに行くと「この会社平気なのか?」と言われたそうです。

そのくらい急激に発展した会社でした。しかしブームと機器そのものが自体の潮流に乗り遅れて、急激に力は失ってしまいました。

今も存続していますが、技術は一流でも時の流れに乗れないと、勢いを急激に失ってしまうのを知りました。

アルバイト体験から5年ほどはアキバに良くいきました。

電気のことは分からないながら、街の雰囲気にひかれてなんとなく通っていました。

しかし街はどんどん変化していたのです。

コンポーネント・オーディオの時代には、今から考えると滑稽なことが普通に流行していました。

「生録」とか「エアーチェック」とか言ったでしょうか、実際の演奏を大きな会場で録音するブームもありました。

ネットで調べれば当時の録音機 オープンリールデッキは検索できるでしょうが、ちょっとしたリュックサックかスーツケースぐらいの大きさでした。

それをしょって大きな会場で録音することが流行っていました。昔も変なブームと思っていましたが、今もやはりおかしなブームと感じますね。

オープンリールの機械は当時安いものでも10万はしました。

初任給が5万円を切るころでしたから、現在換算すると40万円以上する機械でした。

AKAI TEAC DENON が人気の機種でした。

AKAI は当時購入できませんでした。一般販売をしていなかったからです。

ベトナム戦争に参加した兵士の帰国土産に売っていたそうで、日本では買えなかったのであこがれだったようです。

TEACの音は華やかでした。高価でしたが。

DENONは放送局向け製品だったので、店頭に並ぶことはめったにありませんでした。

中古のターンテーブルでも10万以上しました。アームとターンテーブルをはめ込む本体などを組めば、30万以上したはずです。

そのようなブームもNHK「電子立国日本」と言う本があるように、急激に進化した半導体部品によってコンポーネントステレオは、机の上におけるようなミニコンポに変わりました。

オープンリールの録音機は音では勝っていましたが、カセットテープの手軽さにはかなわず廃れていきました。

カセットテープも高性能化が追及されましたが、MDとかiPadのようにハードディスクやフラッシュメモリーの進化とともに、次々と姿を消していきました。

面白いもので録音が簡単とかで、今になってカセットテープが見直されているみたいです。

レコードはもう10年以上前から生産が増えているそうです。

レコードのアナログの溝はデジタル信号に比べ、格段に情報量が多いので音に深みや奥行きが感じられるのでしょうか。

レコードは海外でもブームのようで日本に来られる外人さんが、DISK UNIONでレコードを漁っているニュースが流れることがあります。

日本人は中古のレコードを大切に扱っているので、海外からレコード購入だけの目的の旅行者もいるみたいですね。

レコードプレーヤーについては、オーディオのモテギさんがユーチューブで解説されているので、ご覧いただけると嬉しいです。

一つ思い出しましたが、レコードプレーヤーも昔は合板で本体が作られていました。

アルバイト3日目だったか、レコードの針を装着するのがアームと呼ばれているのですが、それを本体に着けるために穴をあける専門職がいました。

秋葉原の隠れ家のような暗い細い路地の奥に作業部屋はありました。

「この人が名人だよ」と教えてもらいました。

お顔は忘れてしまいましたが、雰囲気は忘れません。

名人と呼ばれる方はそれだけのオーラが出ているのかもしれません。

狭い部屋には削った木くずが山と積まれていたことは忘れません。

今はそのような隠れ家的なところは少なくなっているかもしれませんが、電気工作に興味があればまだまだ面白いところがあるでしょう。

電子部品を扱うお店も少なくなって私が治療用の器具を作ろうと、数年前探しに行ったのですが見つかりませんでした。

希望の電子部品などになると、今はネット販売が便利になってしまいました。

昔でいうラジオ小僧たちは今はどのようにアキバハラに行くのでしょうか。

次回は「アキバの境」の思い出をしましょう。

筆者のホームページ「手のひら先生のリウマチ相談室」もご覧いただけたら嬉しいです

以下の図書は「手のひら先生スタイルの高麗手指鍼療法」がどのようにして生まれたのかを書いたものです。
他の鍼灸書のようにこのツボを使えば治るというような本ではありません。手のひらのツボのことや治療法については
「高麗手指鍼講座」柳泰佑著 たにぐち書店 刊 日本語訳がありますのでご覧ください。鍼灸は見たり読んだりしても身につくものではありません。

手のひら先生の高麗手指鍼療法 - 和正, 長谷川
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2020年06月13日

アキバ原の思い出 その1 学生時代のアルバイト



今日は梅雨空でもありこれから大雨予想なので、昔話でもしようと思います。

1昨年に友人であり秋葉原の先輩、オーディオのモテギが閉店することになりました。


茂木邦宏さんとの出会いはもう半世紀以上前になります。

大学2年生のなっていざこれから勉強しようと思ったら、学生運動でロックアウトになって学校閉鎖になりました。

いまならアルバイト情報はたやすく手に入るでしょうが、その頃はやっとアルバイトニュースの前身のタブロイド紙が出た頃でした。

国の外郭団体に行ってアルバイトを見つけるしかありませんでした。

見つかったのが秋葉原のお店の派遣店員の1か月のアルバイトでした。

その頃は今のように家電量販店はほとんどなく、今はない第一家庭電器と朝日無線がやっと郊外に出店を始めた頃でした。

夏冬のボーナスが出ると、皆さんはこぞって秋葉原に押し寄せたのです。

その頃オーディオの世界では3大メーカーだったパイオニアの派遣店員になりました。

メーカーからこの時期に無料でお手伝いをする人間を派遣するのです。

1日1100円が報酬です。

初任給は5万円弱だったでしょうか。

今はなきキムラ無線と言うオーディオを最初に始めたお店でした。

ボーナスが出ると半端ない人出になります。

2メーターぐらいの通路に人があふれかえって満員電車状態になります。

私の役目は売れるとその店に在庫がないときは、1キロ先の事務所から抱えてくることでした。

今はありませんがオープンリールのレコーダーは、私の半分ぐらいになるので通路を通るのは至難の技でした。

パイオニア 山水 トリオ この3社がオーディオマニアに人気でした。

もっと詳しい人たちは、棚に置かれたターンテーブル、それもくすんだ錆びてるんじゃないかと見えるものをうらやましそうに見ていました。

なんであんなものうらやましいんだと思っていましたが、それは放送局から排出と言うか払い下げになったものでした。

たしかデンオンと言うメーカーで一般人には手に入らないものでした。

一応店員なのでお客さんから聞かれれば、先輩店員の言葉を真似して売ったこともありました。

その頃の町の電気屋さんでは値引きはありませんでした。

秋葉原に行くと何でも2割は安く売っていました。

秋葉原のカラクリが分かった時がありました。

部長が定価2万円のアンプが出来が良く、これは売れると踏んだのでしょう。

「なになにちゃ〜ん。これ売れるから100台買おう。いいかな?」「そうしましょう}

というわけで100台購入契約になりました。

部長さんは「じゃ何々ちゃん頼むね、みんなにも連絡して。」

何が始まったのかと見ていると、何人も店員が電話をかけ始めたのです。

「社長 このアンプ絶対売れるのでお勧めなんで買いませんか?」というようなことを話しています。

後で理解したことですが、電話先は1坪2坪のお店です。

掛ける方はFM放送でコマーシャルをうつほどの、オーディオの老舗です。

結構売れました。

本当のところは分かりませんが、秋葉原で2割引きで売れる仕組みは、まず7掛けが仕入れ値です。

2割引いたら1割しか儲けは出ません。

そこで100台とか大量に仕入れると報奨金、バックマージンと呼ぶのでしょうか1割出るらしいのです。

つまり全部売れれば4割引きで仕入れることが出来ます。

ところがいくら有名店でも秋葉原地区だけにお店を出している分けなので、購入数量だけの販売力はありません。

例えば半分は自分お店で売れるとしても、半分は余ってしまいます。

そこで総動員で販売を掛けるのです。

「そういうことで安く仕入れて儲けるのか」ガッテン!ガッテン!

大学の授業では学べないことが、たった1か月で学ぶことが出来ました。

アルバイト終了後も秋葉原の知識を探ると、秋葉原は戦後から常に変化の連続している街であることが分かります。

今は半導体チップを1個1円で打っているお店は少なくなりましたが、まだまだガード下の店はしぶとく生き残るでしょう。

オーディオのモテギ 茂木邦宏さんはアルバイト当時キムラムセンのオーディオ・ルームの店長でした。

2年後初任給でオーディオ装置の組合せを依頼したのは、茂木さんでそれ以来のお付き合いと言えるのですが、再会は30年後と言うことになってしまいました。

秋葉原は常に変化していると言っても、外観の変化はたまに訪れる人にとっては感じられません。

私がアルバイト当時は青果市場が近くにあり、それが3年ほどで取り壊されました。

更に今のように再開発で駅前に店ではなく様々な電子、情報関係の会社が入るビルが立ち上がっています。

この50年の大きな外観の変化はこの二つではないでしょうか。

AKB劇場ですか?

残念ながら爺さんはどこにあるのか分かりません。

オーディオのモテギも自宅の埼玉県に移転してしまいました。

体の不調もあり、もう秋葉原に行くことはないかもしれません。

手のひら先生のリウマチ相談室」




以下の図書は「手のひら先生スタイルの高麗手指鍼療法」がどのようにして生まれたのかを書いたものです。
他の鍼灸書のようにこのツボを使えば治るというような本ではありません。手のひらのツボのことや治療法については
「高麗手指鍼講座」柳泰佑著 たにぐち書店 刊 日本語訳がありますのでご覧ください。鍼灸は見たり読んだりしても身につくものではありません。
手のひら先生の高麗手指鍼療法 - 和正, 長谷川
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2020年06月11日

交感神経と副交感神経のバランスを取るとは? その2 鍼灸師が使う道具で マグレイン


西洋医学では副交感神経を活性化する方法は、腹式呼吸しかないようです?

副交感神経を活性化させて交感神経とバランスを取らせることしか方法がないのでしょうか?

いまの社会では交感神経が常に興奮している状況で、腹式呼吸をしてくださいと言われても患者は困ってしまいますよね。

そこに現れたのが「爪もみ法」の、安保福田共同研究の自律免疫療法でした。

安保教授が「この瀉血法は鍼灸師が昔から行っていた方法である」と言っていただいたことが鍼灸師にとってはありがたかったことでした。

それまでは瀉血を行っていたことで、医師法違反という事で裁判を起こされていました。

それが今では全く無くなってしまいました。

医師やそれ以外の方たちも入っているのでしょうか、自律免疫療法の会が出来て治療・研究をされているようです。

そもそも二千年前の書物、黄帝内経素問霊枢経十八巻に書かれている治療法を、忠実に守っているのが現代行われているアジアの鍼灸治療です。

解剖図に描かれている内臓は現代から見れば、かなり形が違っていたり間違っていたりするものです。

しかしこれは不正確だった原因は実は東洋医学者はすべて内科医だったわけで、いわば素人が解剖を行った結果、肺の形が葉の集合体のような奇妙な形に描かれていたりしていました。

これは中国医学の研究者が推測して書いていることです。

勿論神経分布は書かれたことがありません。

日本でも明治時代以後に東西医学の論客が、お互いを批判論争をしていたようです。

その中で西洋医学の側から批判されるのが、東洋医学には神経が描かれていないという事でした。

東洋医学の側の反論は詳しくはないのですが、代表的なものに「君たちも体験して確かめてみればこの方法が良いことが理解できる」というものでした。

同じ土俵に立っていないので、両者が交わって意見交換をすることは出来ません。

今はMRIなどの機器の発展があり、f−Mriなどは血流の変化を見ることが出来ます。

またNHK「人体」シリーズで描かれたように、いままではただの臓器や器官であったと考えられていたものが、実はお互いがホルモンを分泌したりした会話をしていることが分かり始めました。

このようにいろいろ様々な形で、実は東洋医学では常識的だったことが西洋医学が発達して科学的分析されてきて、二千年以上前に書かれた東洋医学の源典の正しさを証明していることになっています。

古代の治療家たちは神経は見落としていたのでしょうか?それとも分かっていたけれど無視していたのでしょうか?

あるいはいろいろな症状を治療していく中で、神経に関連した病気でも経絡を使えば治せる、こう考えたのではないでしょうか。

神経など研究する必要はなかったのでしょう。

私個人の考えでは、経絡の中に神経は含まれるので、経絡調整さえすれば神経関連の病気も治せると彼らは考えたと思っています。

ただしツボについてはまた別の考えですが。

下記にご紹介する自分の本には自律神経の調整法を紹介しています。

ところで東洋医学には現代では思いつかない想像上の臓器が考えられています。

三焦と心包という臓器です。

東洋医学の側からもいろいろな意見がなされてきたり、西洋医学からはだから東洋医学は科学的ではないなどと批判され続けてきました。

実はこのような経絡や臓器は現実に起こっている病気や症状を治療していく中で、どうしても治療しきれないものがあって、その中から考えられた臓器と理解しています。

三焦はその中に交感神経を内包し、心包は副交感神経を内包していると、器具をつかって証明しました。

このようなことは二千年前に証明することは不可能でした。

例えば同じような難題に「心経は調整してはいけない」ことがあります。

彼らは治療の中で心経を使ってみると、心臓の治療が失敗したことで戒めとして残したのでしょう。

彼らは心臓が進化してきた臓器だと知らなかったのです。

2つの役目をする心臓が合わさってできたことで、1つの経絡で治療することは出来なかったのです。

この心臓を治療したいが出来ないので、心包という想像上の臓器を考えたと私は考えます。

心包経と言う気の流れには副交感神経も含んでいたのです。

三焦経は交感神経を含む消化器官の経絡になります。

自律神経を活性化または抑制する方法は、本に書きましたがそのほか鍼で行う方法もあります。

しかし一般の方は自分だけとは言え、鍼を刺すのは難しいことです。

そこで簡単に調整ができる方法を紹介します。

ただし厳密に言えば補寫を検査することは難しく、いくつマグレインをどちらに貼るべきかは簡単に断言できません。

そこで最小限1個づつ心包経と三焦経に貼ることを紹介いたします。

これで交感神経と副交感神経のバランスは、最低限取れるのではないでしょうか。

厳密に行うには鍼灸師が行う検査方法の助けを借りる必要があります。

ちなみにマグレインと言う合金の小さなボールは、鍼灸院や整骨院で多く使われています。

合金の配合がなぜこのようになるのか?不思議です。

しかしそのツボが不調な時に添付すると、不思議なことに正常になるという摩訶不思議なボールなのです。

治療として使うのには訓練が必要でしょうが、家庭で行う民間療法としても十分に効果が望めるはずです。

マグレイン (株式会社)坂村研究所  

「手のひら先生のリウマチ相談室」


以下の図書は「手のひら先生スタイルの高麗手指鍼療法」がどのようにして生まれたのかを書いたものです。
他の鍼灸書のようにこのツボを使えば治るというような本ではありません。手のひらのツボのことや治療法については
「高麗手指鍼講座」柳泰佑著 たにぐち書店 刊 日本語訳がありますのでご覧ください。鍼灸は見たり読んだりしても身につくものではありません。
手のひら先生の高麗手指鍼療法 - 和正, 長谷川
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2020年06月05日

交感神経と副交感神経のバランスを取るとは? その1 爪もみ法


自律神経を整えれば健康になることが出来る。この知識が広まったのは2001,2年頃から始まったのではなっかったでしょうか。

いつも行く書店で平積みになっていた書籍の表紙に目が止まりました。

安保徹 無能唱元 免疫学問答―心とからだをつなぐ「原因療法」のすすめ でした。

免疫学問答―心とからだをつなぐ「原因療法」のすすめ - 徹, 安保, 唱元, 無能
免疫学問答―心とからだをつなぐ「原因療法」のすすめ - 徹, 安保, 唱元, 無能

でも免疫に関する本という事で購入しました。表題は少々刺激的でしたが。


交感神経の興奮を抑えれば血液内のリンパ球と顆粒球の比率が正常になり、病気が治っていくという理論でした。

安保教授の研究の発端は福田稔医師の相談からでした。

高気圧になるとなぜか盲腸の手術が多くなる現象はなぜなのか?疑問を抱いた福田さんが、いくつもの研究機関に相談したけど断られ、最後に新潟大学の安保先生が共同研究を引き受けてくれたそうです。

奇跡が起こる爪もみ療法 (ビタミン文庫) - 徹, 安保, 稔, 福田
奇跡が起こる爪もみ療法 (ビタミン文庫) - 徹, 安保, 稔, 福田

高麗手指鍼学会を訪問した時に、このような先生が日本にはいて鍼灸には馴染む理論だから、是非韓日学術大会に招聘したらどうかと著書を持参しました。

結局講演依頼はしたけれど、講演料の関係で招聘は諦めざるを得なかったそうです。残念でした。

その後マスコミに様々に取り上げられて有名になった先生の講演会が東京で参加できるという事でした。

中野の会場には300人以上の参加者がいたでしょうか。熱気にあふれていました。

講演の最初は「日本で一番売れている薬は鎮痛剤です。鎮痛剤は閾値を超えた痛みには効果がありません。また飲むと血流が悪くなり、次に襲ってくる痛みはもっと痛くなります。止めましょう」

「ではどうしたら良いのでしょうか?」質疑応答時に出された質問は、きっと身内に痛みを抱えている患者がいて、必死の思いで参加された方ではなっかったのではないでしょうか。

ガンにも効果があるという事で、おそらくがん患者や家族の方もいらっしゃったかもしれませんね。

当院に来られた患者さんが仰ったのは「手術もできない顎にできたがんの患者が安保先生の治療法で治ったという事で、新潟では神様のように思われているそうです」

そのような方の講演会なので質問には必死の感じがありました。

私は「聞きたいのは分かるけれど、先生はモルモット相手に免疫の世界的な研究者ではあるけれど、おそらく人間の患者と向き合った経験はないのではなかろうか?どう答えるのだろう?」と思いました。

少し考えた後先生は「それでは頓服的に痛みがあった時に服用してください」と答えられました。

共同研究を始めた福田稔先生は、患者さんが押し寄せて診察を断り切れず、ご自身の身体を壊した時があったと聞きました。

お二人の治療法は「自律神経免疫療法」として、医師がグループを作って活動されていたのではないですか。

ネットで調べると、ウィキペディアにこのように書かれていました。

自律神経免疫療法とは新潟大学医学部医動物学講座教授である安保徹と臨床医である福田稔が提唱した慢性疾患に対する代替療法に属する仮説。 安保徹が行なってきた基礎研究から導かれた仮説である。
治療効果は臨床的に証明されておらず、一般向けの書籍で患者の体験談が掲載されているだけであり、論文としての症例報告はない。内科医の小内亨が「先入観を排除するため」に「著者の仮説は青、
基礎研究は緑、症例報告程度の情報はオレンジ、臨床研究で証明されている部分(エビデンス)は赤」に色分けしたところ「その本の大部分が青1色に染まってきてしまった」と言う。

一般的には「爪もみ法」と知られている安保福田爪もみ法ですが、実は鍼灸師にとってはとてもありがたいことでした。

指の爪の角から瀉血と言って血を1,2滴出すことは、目覚ましい鎮痛作用があります。

仏教伝来と同時に鍼灸も伝えられたと言われますが、当時の鍼は実は瀉血でした。

それがいつ頃今の瀉血に近い形になったかは分かりません、残念ながら。

明治時代のころかは分かりませんが、瀉血を鍼灸師が行っていると医師法違反という事で裁判を頻繁に起こされていました。

それが爪もみ法が一般に知られてくると、そのようなことは聞いたことがありません。

安保先生が「瀉血は昔から鍼灸師の技術だ」と仰っていただいたからだと思います。

爪もみ法がなぜ効果があるのか?私が理解したのは「血液の組成が病気になる時は顆粒球の比率が増え、リンパ球の比率が30パーセント以下になる」というのが安保福田理論でした。

手の指は副交感神経と密接に関係があり、薬指のみが交感神経と関係します。

副交感神経を刺激することはリンパ球を増やすに効果的です。

福田医師は最初のころは瀉血針を使っていたのでしょうか。その後はレーザー治療器を使われていたようです。

私も同じようにしました。

ところが指4本、両手を行えば10本の爪を揉まないとなりません。

そこで高麗手指鍼の研究の中で古代の治療家は、果たして神経を無視していたのであろうかという課題を解きました。

実は簡単な方法があったのです。

その方法は拙著「手のひら先生の高麗手指鍼療法」の中に写真付きで説明しています。

自律神経について私なりに考えた調整法などを次回に書きましょう。

以下の図書は「手のひら先生スタイルの高麗手指鍼療法」がどのようにして生まれたのかを書いたものです。
他の鍼灸書のようにこのツボを使えば治るというような本ではありません。手のひらのツボのことや治療法については
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手のひら先生の高麗手指鍼療法 - 和正, 長谷川
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2020年06月04日

おしっこが出ない その3


おしっこが出ない悩みをお持ちの方は、男性に多いのではないでしょうか。

以前高麗手指鍼で会陰の刺激をしたらよくなったと書きました。

女性の場合尿道が男性に比べ短いので、尿が出にくい場合は病気を疑う例が多いのでしょうか、検索するとほとんどが病気の相談例です。

男性の場合は加齢に伴う排尿困難か、前立腺肥大からくる排尿困難ではないでしょうか。

今回は前者の場合を自分の例から、改善方法を探っていきます。

以前書きましたが10年以上前に脳溢血で入院しました。

退院した後の排尿では問題を感じたことはありませんでした。

それが昨年1999年8月に脳梗塞で入院した後に排尿に時間が掛かることになりました。

出ないわけではないのですが、小便器の前に立っても自身の意思で尿を押し出す感じがありません。

どこに力を入れたらよいのかが分かりません。

もっとも健康な時にはどこに力を入れたら排尿が出来るかなんて、ほとんどの男性は意識したことがないはずです。

検索したところ次の記述がありました。

尿が体外へ出て行くためには、排尿筋(膀胱の筋肉)と括約筋(尿道の筋肉)が連携して働いています。
尿が溜まっている時は、排尿筋は緩み、括約筋が締まっています。
尿が溜まれば溜まるほど、括約筋が締まるので、尿が漏れることを防いでいます。
尿を出そうとする時は、括約筋が一気に緩んで尿道を開きます。
それと同時に、排尿筋が縮んでいきます。

「トイレが近い症状の原因と対策」から

はり治療だけでは解決しないと思ったので、衰えた筋肉トレーニングを体全体のリハビリも兼ねて行うことにしました。

よく男性が「若いときのように勢いよく小便を出したいな」と言いますが、尿量は変わらないので要は加齢による排尿の筋力の衰えが原因です。

それなら筋トレということになりますね。

昔から言われているのが、排尿中に止めてみるいわゆるおしっこをストップしてみるという訓練です。

若いとき試したことがありますが、結構面倒くさかった覚えがあります。

きっと切実な問題がなかったからでしょう。

これは排尿筋なので意識すれば訓練は意外と簡単に思えます。

排尿を主る筋肉と肛門括約筋は八の字を描いています。

すなわち肛門を締めると排尿筋も締るのです。

排尿筋括約筋は自分の意思でコントロールできるので、これは訓練が出来ます。

自分で排尿時に感じたのは膀胱が収縮していないことでした。

そこで考えたのが腹筋の衰えです。

確かに排尿時には膀胱の出口は下を向いているので、膀胱括約筋を緩ませれば排出されるかもしれませんが、それでは気持ちよくシャーと出すことは出来ません。

思い切って筋トレを始めることとしました。

コロナウイルスのこともあり、外での運動を止めているので室内の運動になります。

3,4か月前だったかテレビで拝見した70歳、医師の僕がたどり着いた 鎌田式 「 スクワット 」 と 「 かかと落とし 」 - 鎌田 實
70歳、医師の僕がたどり着いた 鎌田式 「 スクワット 」 と 「 かかと落とし 」 - 鎌田 實
阿川佐和子さんの番組でした。

スクワットがダイエットにもなっているようで、お年の割にはすらっとされていました。

スクワットはいわゆる東京大学スロトレ完全版 DVDレッスンつき - 石井 直方, 谷本 道哉
スロトレ完全版 DVDレッスンつき - 石井 直方, 谷本 道哉の勧める、スロースクワットです。

そしてしゃがんだ形を取った時に肛門を締めるのです。

この動作が骨盤底筋を鍛えるので尿漏れを防ぐというわけです。

スロースクワットのやり方は次のようになります。

両手を前に伸ばしゆっくり沈み込みます。

イチ ニ サン とゆっくり沈み込むのですが、膝が前に突き出さないのがコツになります。

この時大腿二頭筋すなわち太ももに負荷が掛かります。

足が地面と平行になったら止めますが、その時に肛門をぎゅっと締めるのです。

自分のペースで良いと思いますが、ゆっくりと立ち上がります。

最後まで伸び切らないようにします。これは足に負荷をかけ続けるためです。

10回数えて1セットとし、3セット行います。

これは週2回ほどが基本と言われています。

スクワットをスローで行う意味は、ゆっくり行うと脳が勘違いして負荷をかけていると思うようです。

自重トレーニングですが実は軽いものではなかったのです。

短期間に手軽に行えることも貴重です。

1か月前後トレーニングした結果、脚がしっかりしてきました。

それと同時に排尿時に押し出す感じが出てきました。

なぜなのかと考えた時、腹筋が少し強くなって来たように思うのです。

今まで腹筋は意識して鍛えたことはありませんでしたが、このスロースクワットの効果で腹筋が少し戻った感じがあります。

排尿時に追い出す、外に押し出す感じが戻ったようなのです。

老化に抗うには筋トレと言われていますが、さもありなんという事でしょうか?

以下の図書は「手のひら先生スタイルの高麗手指鍼療法」がどのようにして生まれたのかを書いたものです。
他の鍼灸書のようにこのツボを使えば治るというような本ではありません。手のひらのツボのことや治療法については
「高麗手指鍼講座」柳泰佑著 たにぐち書店 刊 日本語訳がありますのでご覧ください。鍼灸は見たり読んだりしても身につくものではありません。

手のひら先生の高麗手指鍼療法 - 和正, 長谷川
手のひら先生の高麗手指鍼療法 - 和正, 長谷川
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